casa panther シャネル・アート、教育現場
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シャネル・アート、教育現場
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この間の東京・長野旅行での写真です。
東京のシャネル・モバイルアート展で撮ったものですが、あいにくの曇り模様だったし、建物もうねうねとした通称グニャグニャ系の女王、ザハさまのものだったので、撮り難くてしょうがなかったですw
これは、そこにあったポール越しに、会場の建築と自分を写してみました☆

展覧会自体も、結構面白くて、アラーキーの花と女の人のスライドは、かなりの迫力でした!
他の展示も、なかなか良かったし、なによりナレーション付きで、しかも物語のようになってるのは新鮮で素晴らしかったです。
でもまあ、展示全体が、あの空間を活かしきっていないようなタイプの展示ばっかりだったのが、少し残念ではありました。
ザハ様の建物も、仮設の域を出ていなかったので、やはり本家をしっかりと見てみたいものです。。。


さて、今日は、ちょっと学校というものについての意見です。
日本の学校の校則や、教師の言動は非常に押し付けがましいものが多くて、非常に理不尽だなー、とずっと思っていました。

そもそも、教師と生徒は立場的にはイーブンなのを前提に、お互いの了承のもと、取り決めを作るべきだと思うんです。
なぜなら、教師はお金をもらって知識を教え、生徒はお金を払い知識を授かる、と等価交換の形態をとって成り立っているのが学校の根本であるわけですから、立場的に優劣はないと考えても差し支えないからです(まあ、お金払ってるのは正確には生徒の親、ですが、その辺はここでは同一のものとして話を進めていきます)

ですから、特に義務教育を脱した高校以上では、理不尽な校則や言動に対しては、生徒は真っ向から立ち向かうべきだし、教師の側もそれをしっかり受け止めるべきだと思います。
しかし、今の日本の学校では、なぜか教師の方が立場が上で、仮に抵抗をすれば、それだけ生徒は不利益をこうむるようになっていることが多く、非常に理不尽です。

例えば、よくある制服の規定などを例に挙げれば、あれは、はっきり言って意味が無いもので、服装など個人の自由なのにもかかわらず、一方的に押し付けられることも少なくありません。
制服の効用を語る人もいますが、それならば、制服は一応定めて、生徒に対して効用をしっかり説明し、その上でどうするか生徒個人個人、もしくは生徒の家庭に決めさせるべきです(実際、うちの高校はそんな感じでした☆)
全員が同じ格好をするほうが、規律を厳しくする方が、上の人の言うことを聞きやすくなる、というのは実験でも実証されていますし、軍隊などが言い例となっています。
しかし、学校は思想統制の場では場ではないのですから、制服のそのような効果を悪用する必要は無いとも思われます。
さらに、きちんとした格好をしているから、良い人間でも、勉強が出来るわけでもありません。
そんなどうでもいい規定のために、生徒も不快な思いをするし、学校側も無駄な労力を費やしているなんて、なんてムダなんだろうと、思います。

ちょっと話が具体的になりすぎましたが、そのような校則が山ほどあるし、教師・学校側からの要求もそのようなものが良く見かけられる、とは思わないでしょうか?
教師や学校は、えらいものでも何でもありません。
れっきとしたビジネスの一つです。
もう少し、教えることのプロフェッショナルとして、何かを忠告する時は、しっかりと説明して、助言をした後、生徒に判断させるべきです。
それをしない教師は、はっきりいって生徒をなめてますよ。

もちろん、生徒側にも問題がある場合は、多々あります。
しかし、そこは、年長者として、まずは教師・学校側からそういう姿勢を見せるべきです。
そうすれば、生徒の方も、少しは考えるようになると思うのですが、いかがでしょうか??

教師の方々は、これから、何かをする時は、しっかりと生徒に説明責任を果たして欲しいものです。
で、駄目なものは、説明した上で、駄目といってください。
その上で、それを意図的に破る生徒がいたら、その生徒の反論をしっかりと聞いてください。
その先は、論破して相手に、それをするか、この授業をやめるか聞いても良し、お互いに納得して、譲り合っても良し、生徒の意見を正しいとして、その発言を取り消すも良し、、、です。
これが、本当の教育というものではないでしょうか?

上の文章は、個人の生徒、と考える場合もあるでしょうし、家庭、という言葉を当てはめて考えてもよいと思います。
親の庇護の下にいる以上、生徒は家庭全体の意見に基づいて暮らしているわけですし、学校にお金を払っているのも、家庭なわけですからね。
ですから、家庭がいいといっている以上は、学校は何かをやめさせる権利は無いわけです。
説得することはできますけどね。
逆に、家庭の問題については、学校側は、「それはご家庭でお話合いください」と堂々と言えばいいんですよ!

アメリカンスクールなどは、聞いた話によると、これに近いようです。
まあ、それが普通なんだろうとは思いますけどねw
アメリカンスクールにも良くない点はあるし、全部まねしないまでも、良いところは取り入れていったらいいんじゃないですかね?
まあ、どういうシステムなのか、詳しく知ってるわけじゃないんで、正確なことは述べられませんが。。。

以上、今日はこんなことを考えた日でした。
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07/24 03:39 | 未分類 | CM:3 | TB:0
安定は人を腐らせますからね。
予備校教師のようには絶対なりはしませんもん。
写真、おもしろいなあ、、自分が映るって面白いなあ、、。

新宿高校はあのころ 本当に他に比べて格段に「大人」な学校だったね。小栗校長はよかったよ。。

教育ができるのは「そのときその科目を勉強したいと思ったやつに勉強をおしえること」だけだとシンプルに思います、
、それ以上はいらん世話!!

学校は思想とか価値観とか掃除の倫理押し付け
やめて欲しい、と思いますがね。教師のそういうエゴ、、。
ひいては日本の産業界やなんやらのそういうエゴ。

>ぽん
そうだよね~。
「閉じた世界は、必ず腐っていく」とも言うね。
安定ってのは、世界を閉じていくことなんかもね~。

>isis
さんきゅう☆
自分が映るのは、なかなか面白い体験だよねw

新宿高校は、あのころ素晴らしかったよ!
ほとんど、不満の付けようの無い高校だった、と今になって思うね。
今は、その分かなり保守的になってしまって残念だわ;;
やっぱり多くの先生が代わってしまった影響もあるんだろうな~。。。
小栗さんの手腕も大きかったんだろうね~。

教師は、影響も大きいんだし、発言や態度に注意を払って欲しいもんです。
でも、難しいんだろうな~。
なんせ、俺らみたいな大学生からほとんどすぐに、先生になった人が大半で、いきなり「先生、先生」呼ばれるようになったら、かなり付け上がるとも思うしw
さらに、あの閉鎖的な体制が、新任教師の理想を刈り取っているのかもしれないし。。。
とにかく、問題は多々あるんだし、よく話し合っていくしかないよね。

エゴ、っていうので、一番腹立つのは、高校野球連盟かなww
あれ、もういらないでしょ。
彼らこそ、日本の旧時代的な思想をひきずって、青少年に悪影響を及ぼしてるよねw
エゴで、大量破壊兵器も無い国に戦争起こしちゃう、大国もありますしね、どことは言いませんが。。。
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